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清尾 淳
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経歴
57年石川県加賀市生まれ。上京し大学卒業後、埼玉新聞社に入社。
81年から浦和市民。
飛び込み訪問中心の広告営業を5年間やるうちに、人の役に立つ仕事をしたい、喜ばれる仕事をしたい、ウソのない仕事をしたいという意識を持つようになる。同時に、相手に嫌われても命まで取られる訳じゃないという居直り法を覚える。
86年新聞拡販の職場に異動。人に喜ばれない新聞は売れないと、少年スポーツを埼玉新聞のウリにすることを提案。自ら取材にあたり、記事のイロハや写真の撮り方を身につける。同時に野球、サッカーなど少年スポーツの大会を立ち上げる。新聞記者に免許証はいらないことを知る。
90年Jリーグを浦和に誘致する活動を知り、むりやり仕事として関わってしまう。地元のメリットになることは埼玉新聞が積極的に取り組むべきだという理屈をつける。
92年三菱自動車サッカー部(当時)から埼玉新聞社に来た「浦和レッズ・オフィシャル・マッチデー・プログラム」の編集依頼を深い考えなしに引き受けてしまう。ローカル新聞がメジャーな舞台に踊り出るチャンスだと思う。
93年「マッチデー・プログラム」の編集を正式業務として本格的に始める。サッカーの要素としてサポーターの存在が欠かせないことに気づく。その後、サポーターのパワーとチームの成績は必ずしもリンクしないことを思い知る。「Writer,Editor,Photographer&Supporter」というフレーズを肩書きに思いつく。
05年「マッチデー・プログラム」の編集が埼玉新聞社から切り離されたのを機に、47歳で退職しフリーランスに。「清風庵」庵主となる。
「マッチデー・プログラム」の製作を手伝いながら、浦和レッズ関連のフィールドで文章、写真、編集などを仕事にする。著書に「浦和レッズの快感」(98年・あすとろ出版)、「浦和レッズがやめられない」(01年・ランドガレージ)など。
message from 清尾 淳
ろくろくトレーニングもしないで目の前の仕事と格闘するうちに、文章でも写真でも編集でも、何のエキスパートにもなれないまま、第三コーナーを回る年齢になってしまった。強いてあげれば浦和レッズのエキスパート。これがなかなか奥深い。極めるにはまだまだ時間がかかりそうだ
 
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